人のいうことを聞くな。
僕はすぐに心配になる。ありとあらゆることで。こう見えて結構小心者だ。同時に忘れっぽいからなんとかなっているものの、これでもし人並みの記憶力があったとしたら・・あー恐ろしい。
僕は事務所の所長だから決定権があって、従順なスタッフはあとで怒られるのがこわいらしく何から何まできいてくる。消しゴムのしまってある場所までも・・。当然そこまで聞いてほしくないこともある。考えればわかることは、考えて決定事項を伝えてほしい。とはいえ、勘を働かせて危ない部分はどんなに細かいことでも聞いてもらいたいと思っている。「バカヤローききなさい!」「そんなこときくんじゃねー。」と交互に言っているようなものだから、彼らは混乱しているようだ。
あ、脱線しまくっているが、少し前にもどると、僕は心配症だから・・えらそうに自分の決定したこが心配なのである。しばらくあれでよかったのかな・・・、あーしたほうがいいかなとくよくよ考えている。そしてここだけの話だけど時々失敗もするし、時には大成功もするわけで、時にはこっそり出費して直してしまうこともあるし、どうにもならない、けれども誰もそのことに気づかないこともある。そんなことを繰り返しているから心配になる。だからスタッフに、これ大丈夫かなー?大丈夫かなー?と口癖のように・・・。
さて話はかわるが、おかげさまでというか、投資が効いてきたというべきか家具をデザインすること、それを売ることが増えてきた。ようやくいくつかきちんとした商品を送り出すことも。これは2年前の僕にできたかというと相当あやしい。多分よくわからなかったと思う。つまり商品とはいかなる成り立ちで生まれるものかということ、根本的にわかっていなかったから。では、今の僕がわかっているかというと、わかっていなかったことがわかった程度であるのだが・・。まずはそのカラクリについて少しでも考えをめぐらせることができるのか、そこは大事なステップのひとつだろう。もし作って、不特定多数に買ってもらいたければだが。さて、では最も大事なステップとはなにか。グッドデザインであるかどうか。僕はそう信じている。そうでない粗悪品だって売れるわけだけれど、デザインを語るものがそこに手をそめてはいけない。物の生まれ方、使われ方、そしてその最後をきちんとシュミレーションすべき。それはグッドデザインにおける大事な要素だろう。さて、その次。そのグッドデザインが評価されるかいなや。つまり後々まで残っていくかいなや。これはオリジナリティーなんだろうと思う。月並みな言い方をすると。なぜそんなことがいえるかって?いやっていうほど展示会でデザインをみていると、なんかそんな気がしてきたのだよ。
とはいえ、心配性の僕はデザインの良しあしをスタッフや友人に聞く。共感を得たいと思い。あるいは欠陥がないか、よりよくする方法はないのか。これは誰もがいうように、とても大事なプロセスである。と同時に・・・大事な部分、僕のくせのようなところ、あるいはこう書くのは若干逃げなんだけれど直感的にそうしたほうがいいんじゃないかと思ったところにおいては、誰のいうことも聞いてはいけない。
あいまいな判断はかならず後悔する。だから聞いてはいけないのだと最近そう思い始めた。
謙虚さと傲慢さのバランス。
多分、これは大事。
サバイバル
僕は決してボランタリー精神にあふれた人間ではないけれど、今回の震災ではさすがに僕も何かをしたいと思った。特に石巻で、クライアントであり、家族ぐるみでお付き合いしている家族が被災してしまったからなおさらである。なにか僕ができること、出来れば得意なことで、何ができるかと思ったが、先月石巻にいったときは、とりあえずは力仕事であり、ただ話をきくだけのようなところが関の山であった。そして今週末、また行くことになっているがもう少し僕がやれることが増えつつある。
地震、そして津波から早2ヶ月が経つ。様々なメディアや現地での話をダイレクトに聞く限り、状況は徐々に良くよくなりつつあるように見える。ボランティア、市民による素晴らしくも、地道な作業の積み重ねによるところも大きいだろう。僕が関わっている石巻中央、そのまさに中央にあるレストラン松竹も電気、水道、ガスが復旧したとの話だ。また半壊状態の建築を解体するという連絡も来た。僕がスキルを役立たせることが出来る場面が増えてきた。ではこのタイミングで何ができるのかと考えたときに、被災地での市民は今、どのような気持ちでいるのか、現地での事実を知ること、本音を聞く必要がある。といってもあくまで、どこまで想像できるかという話なのだが、爆心地から~がんばろう石巻を3月の頭から読むことでずいぶん考えさせられた。胸が苦しくなる場面もある。美談もあるが目を覆いたくなるような現実も書かれている。貴重な記録である。
ブログを読む限り、ここ2ヶ月はなんとか生活するということ、震災における究極の応急処置である。あくまで推測の域をでないが、非日常なりにも生活にリズムが出始めると、いろいろ考える時間ができてくるのだろう。そして未来への不安が増大してくるのだろう。
爆心地からに、こう書いてある。
”被災地ではなんとか最低限の衣食は満たされつつある。
それでも、将来は全く見通しが立たず、みな不安な毎日を送っている。
雇用。
貯蓄。
家族。
必死に肉体を動かし続けなければならない時期が過ぎ、ふと立ち止まると、具体的な不安や漠然とした恐怖がどんよりとからみつく。”
どうやってこの先の生活を支えていくのか、いつまでも炊き出しや仮設のお風呂があるわけでもない。現状では借金の返済をとめていると聞くが、それはどこかで始まってしまう。
いずれにせよ、経済活動を始めるしかないのである。しかしながら、行政から建築条件や復興における支援などの指針もあいまいのままだ。いかに始めるのか、いまだから・・ということもある。
また、元の町を復興させたらいいのか?元々の町づくりがうまくいっていたかどうか、その事実を商店街主たちはよくわかっているから、町づくりの機運も高まっている。そんなわけで、いくつかのプロジェクトが立ち上がってきた。
おこがましい話だが、僕はその双方に関わろうと決めた。役に立たないかもしれない。途中でいらないといわれるかもしれない。ただ・・・きっと役に立つのではないかという推測をもとに。実はいうとそれは建築に関するスキルやデザインのスキルよりも、むしろサバイバルのスキルが役に立つのではないかと思っている。事務所運営をぎりぎりで走らせてきたこと。自分のオフィスを4回つくることによって、また厳しい予算管理のなかでなんとか着地させてきたスキル。間違いなくそれはサバイバルであった。なぜならば必死だったから。この世界で生きていくと決め付けて生活をしていくということは。いまも少なからず・・というかサバイバルに終わりはない。
できる限り少ない原資でいかに最大効果をあげるか、そんなアイデアがサバイバルではもとめられる。僕は彼らとそのサバイバルを楽しみたい。そう、あえて楽しむという言葉をつかいたい。新しいビジネスも、おそらく商業地における町づくりも、解体が進む町を活気づかせること、それは間違いなくサバイバル精神を必要としている。
news
News:
Exhibitition in Milan 2011
wallpaper handmade
Salone del Mobile.
http://www.wallpaper.com/handmade
Pipeknot are futured by INVENTARIO 02
SKYCOURT are futured by Nikkei Architecture
Mishima house are futured by web magazines.
http://www.dezain.net/2011/8533
http://www.architonic.com/aisht/mishima-house-keiji-ashizawa-design-co-ltd/5100879
http://www.spoon-tamago.com/2011/02/28/mishima-house-by-keiji-ashizawa/
http://www.notcot.org/post/39424/
http://www.dailytonic.com/mishima-house-by-keiji-ashizawa-design-jp/
http://rubberbear.tumblr.com/post/4462110610/valdevita-mishima-house-by-keiji-ashizawa
etc..
髪を切る。美容院を作る。
僕は美容院にいくと、ひとこと「短くしてください。」と伝える。このスタイルは決して髪がうすくなったからという自虐ネタではなく、10年ほど前からかわらないスタイルだ。どちらかというと、美容師としゃべるのもそれほど得意ではない。が、実際世間話はせざるえない。にこやかに話しかけられるからだ。髪を切ってくれる人、髪を洗ってくれる人、マッサージをしてくれる人、それぞれと。残念だけれど数時間後にはすぐに忘れてしまうような話だ。どちらも、社交辞令だということはわかっているから、あたりさわりのない話になる。
昔、村上春樹のエッセイで、床屋での最初の話題に気をつけろというたぐいの話があった。思わず話をしてしまった話を毎回きかされることになるのだとか。床屋なりの営業努力だからしかたがないけれど、せっかくの社交辞令でもそれなりにウィットにとんだものにしたいという努力、それは初めての床屋でどのような話をするかにかかっているというわけだ。この話を読んでからは、美容師との話を楽しむ方向にしていこうと努力することにしている。
さて、前段はこれくらいにして、僕にとっての初めての美容院ができたので紹介させていただきたい。クライアントの高梨さんは渋谷の美容室でながらくチーフとして修業を積み、結婚、出産(奥さんが。)のタイミングで独立。この境遇は僕の昔に似てなくもないが、高梨さんは将来が約束されている、つまりお客さんがすでに多くいるという点のみ違う。オープンしてそろそろひと月になるが順調だという話を聞く。設計者冥利につきる。この仕事は付き合いのあるグラフィックデザイナーのカイシさんから紹介してもらった仕事だ。美容室にとって、ブランディングは場合によっては、内装よりも先に考えておく必要がある。だから「ぼたん」という名前からどのようなロゴをつくるべきか、内装にすべきかを場所を借りるまえからディスカッションを重ねた。ありきたりかもしれないが、友達の家に来たような、素敵な友人の家を訪ねてきたようなそんな内装がいいだろうということになった。決して大きくはない器、3人のための美容院だ。ピカピカのツルツルの内装で、元気よく「いらっしゃいませ!!」というのは、客を委縮させやしないかと。真っ白の歯で、ベストをきた美容師がこちらへどうぞ!というのはやめようと。カイシさん、高梨さんからも賛同をいただき内装の設計をスタートした。
まず何が美容室らしくしているか?あのクロームメッキのパイプフレームに、白、または黒い合皮の椅子。機能的には違いないが、あの椅子とガラス中心の内装だろうと思った。床も往々にして白くてピカピカ。照明は、美容室かコンビニかくらいに明るい。確かに必要な明かりがあることも確か。でも看板がわりの明かりは今の時代にそぐわない。今まさにそぐわなくなった。また、コストをぎりぎりまで切り詰めたいというのはすべてのクライアントの願いだ。僕は職能としてそこに対してもソリューションを出さねばならない。
内装は、必要最低限。トイレとバックスペースの壁。あとはすべて家具と建具で構成している。エントランスのカウンター、間仕切りを兼ねた収納家具。顔を柔らかくテラス照明とコンセントを付属した鏡つきの什器。床はスケルトンのコンクリートの上に、レベラーでなめらかにしただけ。あとは、room-composit作成によるポスター2枚のための額。これはエントランスの扉同様、タモ材。そして中古の家具市場を眺めて手に入れた3脚の椅子。アームがついて、座が皮張りのもの。必要最小限の照明。家具は同じコンセプトでつくっている。合板+表面材による構成。小さなスペースでも動き安く、また使いやすいものを。
結果として、空間は一つのやわらかいつながりのあるものになっている。何かが強すぎず、謎解きのようにちょっとずつ関連を持ちながら、一つの空間ができあがった。その環境にやわらかくつつまれながら、決して短くはないその時間をゆったりと過ごしてもらいたい、これは美容師の高梨さんの願いであり、僕と、カイシさんの願いでもある。

ミラノサローネ雑感
ミラノサローネは大きくなっていた。今年が50周年だからということも関係しているのか、それともどん底景気から立ち直ったからなのか。フィエラで2700の会社が。外側で4000ものギャラリーが家具やそれにまつわる展示を行ったのだとか。到底5日間で見きれる量ではない。それでも、皆ここに集まるのである。もはやここにしかチャンスがないのではないかという焦り。サテリテに実力のあるデザイナーがいまだに展示をするのは、ここにチャンス、このチャンスしかないのではないかという焦りの表れだ。そしてそれだけの集客があるという事実。ジャーナリストも多い。おそらくバイヤーも多いのだろう。このイベントのヒーローたちもちらほら見かけた。スーパーデザイナーたちだ。ジャスパーモリソンやは子連れできていた。
僕はそんな彼らを遠目に、今回はひたすら見た。歩いた。そして展示しているデザイナーと話をした。僕も含めて、彼らはどこかでなんらかのゴールを設定して動いている。つまり、名前の通った家具会社と仕事をすることだ。ところが、この記事を読んでいると、また何人かのデザイナーと話ていると、なかなかうまくいかないようだ。やっぱり。家具のデザイン業界は、とても華やかにみえる。ことミラノサローネでは強く感じる。けれども、この記事の最初にあるように、デザイナーはその業界をもりあげるためのボランティアになりさがっているのではないかというのはここ数年よく聞く話だ。僕の知っている有名メーカーの展示会で飾られている家具は、実はデザイナー、あるいは協力業者から委託されたプロトタイプだったりする。そして、展示会で評判をきいて、売るか売らぬかを決めているのである。売らないとなれば、そこまでの苦労はおじゃん。売るとなっても何個つくるかはメーカーまかせ。ロイヤリティー契約をしたとして、10個では話にならない。その記事のなかにでてきているデザイナーは、メーカーから5商品でて、去年のロイヤリティーが800ポンド。半月分の家賃だとか。もちろんこんな話ばかりだけではないとも思うが。こんな話もある。今年のサテリテでメーカーから声がかかって、プロトタイプを置いていくことになったと喜んでいたデザイナーがいた。おめでとうというと同時に、プロトタイプは返却するむねの契約を交わしたほうがいいと伝えた。僕は、プロトタイプがもどってきたためしがない。次へのプレゼンもいけず、悲劇である。再三のメールや連絡にもかかわらずだ。日本で騒いだところで何もはじまらない。イタリアマフィアのようだと知人のオランダ人デザイナーが口をすべらしたゆえんである。(そんなマフィアは、イタリアに限らず。家具マフィアとしておこう。)
しかしながら、確実にステップアップしていくデザイナーもいる。家具のデザインをかわきりに、企業とのコンサル契約という話もあるし、思いもよらない話が舞い込んでくることもある。だからそうしたプロトタイプは、営業経費だということもできる。きっかけづくり、フックとしての家具のデザイン。あるいはいいメーカーとがっちりいい家具を作るというチャンスにめぐまれた人たちもいる。結果としてそうなれば、がんばって展示した甲斐があったということだろう。
とはいえ、家具のデザインを志す人間がこれだけいるわりには、まともにこれだけで商売出来ている人がいないというのはいかがなものか。インハウスは別として、家具で生活できる人は、日本では両手でたりるくらいなのではないか。これは言い過ぎかもしれないが、僕が見聞きする感じでは本当にそんな感じである。つまり家具デザインにこだわっていると飯がくえない。いまのままでは。
当然僕らはそれをしっているから、僕や廻りの優秀な友人たちは、家具のデザインは業務の中に混ざっている。僕の場合、家や、インテリアを設計すると同時に家具の設計や製作をする。さらにはそこからの延長で直販に近いものもある。年間通じての利益は、800ポンドよりは・・多い。また、そうしたプロトタイプを出し続けたおかげで、突然ヨーロッパの家具メーカーから声がかかった。僕に実績がないこともわかった上で、その可能性にかけてくれたのである。これから2年かけて開発していくことになる。若き優秀な家具デザイナーの小林幹也さんは、ついにショップを構えた。すでに好評だとか。そのデザイナーから直接買うことを、楽しむ人もいる。ちなみにこの場合はロイヤリティーではなく、その十数倍近い小売店経費が収入となるはずである。彼はサテリテに2回だし、ここ数年国内メーカーとの協働をへて、いまに至る。
時差ぼけの頭でここ数日いろいろ考えたのだが、結局のところ、ミラノ詣では続けていくしかないないのではないかという結論にいたる。いやもちろん、そうではないという答えもある。ただ、僕はそうすることに決めた。目の前でくりひろげられていることが、シャンパンの泡のようだとしても、いくつかの本質的なデザインが生まれ、偽物も本物もただひたすら見ること、触れることからしか学べないこともある。そして、デザインを通じて世界とつながっていたい、これは実のところ僕が家具をデザインする一番のモチベーションだ。また、あまりにも大きなイベントがゆえに、そこからしか生まれない何かがあるということに気付いたといえば聞こえはいいが・・。仕事の減少とともに、今朝も妻にミラノなんて言っている場合だったの?と嫌みをいわれたが、結局は、また行くしかないのだ、何かを提示しつづけるしかないのだと振り返る。と同時に、このタフな時代を生き抜く新しいアイデア、僕らのデザインをつかってもらうアイデアも考えつづけなければと。
飛行機、早朝、石巻
いくつも書きたいことがあるけれど、まずは無事に飛行機にはのれたことをご報告。空港職員のあせり顔にまだ余裕があったのでほっとした。1時間以上電車がおくれているのに飛行機は定時でとばした。きっと何人かは乗れなかっただろう。とくに京成線でいこうと思った人は僕もふくめてだが、そこでまったく動かず、僕がのったNaritaEXPを逃した人は絶望的だ。
まさか千葉で震度5は想定していなかった。今後電車が時間通りに動くという日本の常識をうたがわなければいけなくなったことは、生活はもとより経済に多くの支障をきたすだろう。頻発している余震も、原発同様長い付き合いとなるとの記事を読み、覚悟を決めた次第。
毎年恒例の行事にしつつあるが、ミラノにきている。ミラノ行きの話は社内でも家族においても若干ナイーブなのは、どこまでが仕事で、どこまでが休暇かわからないところだ。今回は出展しないつもりで、つながりのあるメーカーに顔つなぎ程度に話にいき、少々営業をして、毎年ミラノでしか会わない仲間に会う程度に考えていた。もちろん集中的に展示を見れるということはリサーチとして必要なことかなとも。偶然声をかけてくれたwallpaperの企画展は、まあタナボタみたいなもので、そのナイーブさがすこし和らいだ。ありがたかった。
さて、例によって時差ぼけで目がさまてしまったから書いているのだが備忘録としてできれば書き続けたいと思っている。今年のミラノ日記。本当は先週末行った石巻のことも書きたい。これは少々腰をおちつけないと書けないがイントロだけ。現地にいって思ったこと、それは何かできると思っている、強くそう思っている人は、ぜひ現地へいってもらいたいと思う。もし石巻にボランティア、あるいは今後の支援のための調査をしたいと思っていて、どこに連絡すべきかを悩んでいる人は僕に連絡してほしい。現地で寝るところと話が聞けるネットワークを提供できると思う。
におい、殺伐な環境、現地の人からくりだされる真剣な言葉を聞けばその思いはさらに強いものになるだろうから。
空港で走れ。
飛行機の離陸がせまっているにもかかわらず、電車は成田手前でとまっている。
旅にトラブルはつきものだが、311とは比べ物にならない小さなトラブルについて
ごちゃごちゃ書くのもなんだが、目の前にPCがあるので少しだけ。
どういうわけか、トラブルなれしてしまったせいもあるが、ここ数年旅行にいくとなにかが
起こる。台湾では飛行機がキャンセルされてもう一泊せざるえなかったし、
去年は噴火で帰れなかった。この間のスキー旅行では、間違った新幹線をのり、
どんこう列車でもどってくるへまをやらかした。今回は、地震でたどり着かない。20分は
とまっている。ここからタクシーに乗ったほうがいいのか悩むところだが、
急がばまわれということも、トラブル時には鉄則である。
こうしたトラブル時には、思いもよらないヘマをやるものだし、同時に頭がフル回転して
思わぬ解決策を見出すこともある。僕らの仕事ではトラブルはつき物だから
そのトラブルシューティングこそがその人の能力ということもある。
トラブルに巻き込まれた、あるいは自ら招いてしたっま状況でも体を動かすまえに
あたまでシュミレーションをすることが大事だ。(わかっていても間違うんだけど。)
今回のトラブルのシュミレーションはまず、走る。
聞く。お願いする。空港社員にお願いしてならばないで様々なチェックをくぐりぬける。
うまくいくかどうかは次回のブログにて。
Hirosaki,House-S,Hairsalon Botao and Ishinomaki
1:
The container for Hirosaki-Knife for Salone.
Hirosaki is very far from Tokyo and have to go through Tohoku area that was hit by earthquake,then I will see them in Milan.
Hope it works very well.
2:
I just finished interior design for Hair-salone in Daikanyama,really center in Tokyo.
I will upload all of photo soon.
3:
I also finished house in tokyo recentry.There are still small constructions though Japanese magazine,modern living just published this house.I will ask a photographer to take soon.
4:
Dailytonic took up Mishima house.
5:
I will go to Ishinomaki to meet my friend’s family who is my client as well.
I am not sure I can do for them so far.But I will bring my friends to help then on this weekend.
”Inspire Japan”参加のお願い
物事はいつもころがっていくものだ。
ころがり落ちるというよりは、ときには不思議なエンジンをもらって前にすすんでいく。往々にしてお金や名誉に関係ない場合にこの状況は起こる。
先日ドリルデザインと橋本潤さんと会食をし、ミラノにせっかく行くのだからあちらでチャリティー、もしくは日本の話をするべきだということになった。もちろんそのタイミングでは単なる思い付きであり、いったいになにをどのように動かせばいいのかも見当がつかない状況である。メールでやりとりを重ね、現地にも連絡をとりつつギリギリ実現可能な範囲でなにができるのかを話し合ってきた。なにせミラノ行きまで2週間きっていたし、誰かがスピーチをして、震災のパネルがあって、コンサートを開いて・・というようなオーセンティックイベントなぞ開けるわけも、それが正しいとも思わなかった。そのタイミングでポっと話題に出てきたのはペチャクチャナイトである。さらにミラノにもそのオーガナイザーが存在しているはずだということになり、さっそく日本側とミラノ側に連絡。返信はほぼおくったと同時。主催者であるAnna Termiteさんによると彼らも同じようなことを考え、日本人のプレゼンターを探していたという。よくぞ連絡をしてくれたという感じであった。よくよく聞けば4/16日をworld pechakuchaという日に設定しており、偶然にもミラノサローネの期間中なのだ。
世界中のデザイナーや関係者が集まる場所で、震災への復興をお願いする。そこにたまたま多くの日本人デザイン関係者もいる。そこで僕らは発言の機会があたえられる。
今回の主題は ”Inspire Japan”これが、global pechakuchaのテーマである。
そして、プレゼンターは下記の三つのテーマについて20枚のスライドをつかい
それぞれ20秒で解説する。
(チャリティーとして機能しており、義援金はArchitecture for Humanity を通して震災復興に使用されます。)
1:
They could be simply about things that inspire us, or Japan how it has inspired you.
日本からインスパイアーされたことに対するプレゼンテーション。
2:
Great ideas or solutions that help deal with the issues at hand whether earthquake, tsunami or nuclear
今回のつなみ、地震、原発におけるそれを助けるためのアイデアについて。
3:
and the road to recovery.
復興への道のりについて。
さて、では日本側のプレゼンターとしてなに発言していくべきか?
僕は上記、3つのこと以外のことを積極的に伝えるべきだと思っている。
-例えば、すでに起こっている復興について、我々からできること、いますでにやっていることについて。
(こういったことは世界への発信が遅れている。)
-あるいは、3/11日、地震の直後、東京で起こったこと。現地で起こったことについて_都市の脆弱性について。
つまり我々が今回経験したことをつたえるということ。
-ここぞとばかりに今回の危機において、日本が、日本人がすばらしかったことの宣伝。
-デザイナーや、建築にたずさわる人間がこれから長いスパンで今回の震災にかかわることについて。
-あるいは、今回の震災における写真をセレクトして、明確のテーマをつくりうることができればそのようなこと。
いずれにしても、クリエイティブに日本からのプレゼンターとしてミラノをはじめとする世界各地で
この場を借りて伝えてもらいたいと思う。もちろんプレゼンターとしてたたなくても。応援するという意味で参加してもらいたいと思う。
ミラノでは、おそらく4/16日、場所はまだ決まっていないが、夜7時ごろこから
Fuorisaloneとよばれているエリアで開催される。
こんな個人的なブログからおこがましいのだが、
皆さんにお願いしたいことは、このイベントを一人でも多くの人につたえてもらうこと。
そして参加してもらうこと。
できれば、スピーカーとして、どこかの国で、ミラノでしゃべってもらうことである。当事者として、被災者の同胞として、また伝えるべき言葉を持つ者として。
ミラノにおけるプレゼンターに対しての問い合わせは 私、 info@keijidesign.com またはドリルデザインにいただけると幸いです。発表内容は自由ですが、事前にコミニケーションをとることで、より意味のあるプレゼンテーションにしたいと思っています。
ニュース / 新年度にむけて。
いつまでもニュースを見続けるわけにはいかない。実のところ、ぐっと落ち込んでしまう状況下においてリカバーする方法は仕事しかない。仕事があること、このような状況下においても、仕事を頼んでいただける人たちがいることに本当に感謝である。僕の事務所はいま3人態勢でやっているが、平均すると月に1つから2つ仕事の依頼があり、そのうち1つが仕事になるかならないかという感じである。今月は、このような状況にもかかわらず依頼があったことは、本当に喜ばしいことだ。止まってしまった仕事も当然ある。止まりそうなものもある。だからこそ思った以上に時間ができるわけで、いまいただいた仕事にいつも以上に時間をかける。これは優秀な僕の廻りのひとたち、カメラマンやグラフィックデザイナーの皆さんから学んだことだ。いつだって手をぬけば、それがそのままかえってくる。天に唾をかけるようなものだ。妻はだったら早く家に帰って家の仕事をやれというだろう。それも一つ。朝はできるだけ保育園におくるからゆるしてもらうおう・・。
さて、今日のテーマはニュースである。新年度にむけてのご挨拶も含む。
3人の小さな事務所であるが、それなりに起伏にとんだ日常をおくらせていただいている。
それが僕らの仕事のおもしろいところだし、実際タフなところでもある。
時系列でもなく、思いつくままならべさせていただく。
1:弘前のナイフを世界に紹介する仕事。というのが突如舞い込んだ。
企画自体は、これ。wallpaper handmade
プロジェクトリーダーは、wallpaper* 世界中のユニークな道具におけるその箱、コンテナのデザインという企画。たぶん、いくつかあるうちの一つの企画なのだとおもうのだけれど、確かに面白い。僕にとっては当然、寝耳に水という感じではあった。正直僕がなぜ彼らのセレクションにはいったのかよくわからない。確かにwallpaperの編集者、2人ほど連絡をとりあっている人がいて、時々なんか面白いことない?的な情報交換をしている。そして、家具を二つのせてもらったことがある。だからといって、彼らにとってそのような日本のデザイナーはやまほどいるだろう。その家具と弘前のナイフの相性がよかったからということなのか。とにかく、そのプロジェクトははじまって、弘前にいき、職人や商工会議所の人たちと一杯のみ、なんだか長い付き合いになりそうな気がしている。木工の木村さんは(コンテナをつくってくれた)わざわざミラノまできてしまうという入れ込みよう。いずれ紙面でも発表になるとのことだけれど、この時期にミラノにいかれるという方、どうぞよろしくおねがいします。4/13-18日 Brioni House in Milan
(というわけでして、4/12-17日まではミラノに出張となります。)
2:住宅の竣工。追加の家具工事があるので、撮影は4月末。先行して雑誌の撮影がありましたが、ほんの一部。
3:美容院の竣工。3人をもてなすための小さな美容院。美容院におけるいくつかのタブーを犯して、こじんまりとして居心地のいい、スペースになるように心掛けつつ。
4:石巻プロジェクト開始。僕は去年、おととしと何度か石巻に足を運び、そして和食屋さんをつくった。毎年夏に川開きというお祭りや、近所の島に遊びにいったりもした。今回の津波でほとんど流れてしまったという。オーナーさんは、そこでお店を続けることを決めているという。まずは4/9-10と石巻に行き現地視察と、家の中の点検、そして一部修復。インフラ整備後、仮設店舗という計画。がんばれ石巻。
5:3月から始めさせていただくお仕事。マンションリノベーションの仕事2つ。そしてオフィス。ありがたい。本当に。
新年度もどうぞよろしくお願いします。








