伝えていくこと
素晴らしき話し手にあうと、少しだけ人生が豊かになったと思う。往々にして彼らは素朴な言葉を使い丁寧に話す。ゆったりとしたリズムで淡々と語る。なんの変哲もないシンプルなストーリーが不思議な力を帯びていると感じる。そうした言葉を聞いたときに、しばらくはシミジミとその言葉の意味を考え、じわーっとそういうことかと納得したようなしないような、小さく持続するような感動を覚える。そして実際に理解しはじめるのは数日後だったりする。そんな経験は年に何度もあることではないが、先月は立て続けに2人の素晴らしき話し手にあった。今日は2人のうちの1人-Luca Nichetto イタリア人のプロダクトデザイナーからの話を書く。彼と3日間北京デザイナーウィークで共に行動して彼の話をじっくりと聞くことができた。彼は成功したデザイナーであるが、世界中にクライアントをもちあちこち飛び回るアグレッシブなデザイナーでもある。そしてイタリア人らしく社交家だ。まる2日間朝食や車の中で、仕事のこと、デザインのこと、家族など様々話はしたが、彼が語った戦後すぐのイタリアのこと、そして最初の仕事についての話は興味深かった。彼はベネチア出身のデザイナーである。自然の成り行きとしてベネチアングラスが最初の仕事であったという。そして今も友人関係、親戚もガラスの仕事についているとか。彼はガラスのデザインからスタートさせて、照明、そして家具へと仕事の幅を拡げたそうだ。ガラスの仕事を始めたときに最も重要な教訓はデザイナーとしていかに作り手とコミニケーションをとるかを学んだことだという。ガラスメーカーは親心としてデザイナーにとって最も重要なレシピとして郷土の若きデザイナーにつたえたのか、家族のような関係の中からルカが自ら学んだのかは定かではない。あるいは両方なのかなとも思う。
いずれにせよ彼曰くその教訓が今までの彼を支えていると。私からみても明らかに協働することになった中国のメーカーとのコミニケーションにも繋がっている。中国、北京の家具メーカー「造作」というメーカーである。彼が「造作」のオフィスに来て出来が悪かったプロトタイプを見ながらひとつひとつ丁寧に説明していく。ただ間違いを指摘するのではなく、なぜそうするべきかをゆっくりと。そしてこう聞く「どうしたら上手くつくれると思うか?」昔建築家のピータースタッチベリーさんが職人にやや甘いデティールに対して「なぜこうなったのか?why?」と聞けと言われたことを思い出した。直せとか、直してほしいではなく。また彼はメーカーの社長とエンジニアにこうもいう。「多くのヨーロッパの家具メーカーが中国で生産している。MUTTOやHAYといった北欧のメーカーも。彼らが高いクオリティーをつくれて、同じ条件の「造作」に出来ていないのは、プロセスに問題がある。」確信をつくコメントである。デザイナーと製造者は併走していく必要がある。コミニケーションを通して常に正しい方向にメーカーを導くこと、それも実はデザイナーの仕事なのだということが彼の言動から見えてくる。Lucaは今回の滞在により正式に「造作」の外部ディレクターへと就任することになった。彼の言葉と経験が「造作」の、そして中国におけるこれからのモダンデザインを加速させること思う。同時に私自身も彼の確信に満ちた言葉に大いに考えさせられ自分なりに咀嚼しはじめている。
対話の素晴らしさは同じ言葉であってもより深く届くことだと思う。その深く届いた言葉を誰かに伝えるべきだと思いここのテキストとして残す。同時に最近頻繁に対話の機会をいただくのだがそうした場面でしっかりと伝えていければと思っている。